3月に入ったある日、新聞を何気なく読んでいると「人工呼吸器」「地域の小学校」と言うワードが飛び込んできた。え!呼吸器付けて地域の学校って!?どういうことだ。しかもこの広島で?
実は、それまでは、ただしゃにむに家に帰りたいとは思っていたのだが、帰ったその先は、となると明確なビジョンはなかった。
新聞記事を食い入るように読んだ。人工呼吸器をつけていても、地域で生活し、同級生とともに学校に通い、成長できるんだよ、とそういう内容だった。そこには、未来があった。ぱーっと広がる我が家の希望があった。それがわが家とバクバクの会との真の出会いだった。
その少し前に、病院の医師・担当看護師から会のことは聞いていた。妻は、なんとなく気が乗らなさそうだった。あとから聞くと、付き合いがめんどくさそう、傷のなめあいをしてそう、そんなネガティヴな印象だったそうだ。しかし、この新聞記事が出た日、病院に新聞を持って行き思わず力説していた。「これは入会せにゃあ、いけんじゃろう」と。